(ニュース52号 99/02/01)
「戦争による彼我の死者を考える」と題して、「市民の意見30の会・東京」主催の集会を十二月五日に東京・水道橋で開催した。約六○名の方が参加し、講演を熱心に聞き、活発に意見交換をした。小田さん、Dラミスさん、お二人の話を編集部の責任でまとめたものと、福富さんが当日の話をもとに書き下ろした稿を掲載する。
これが私の戦争講演、憲法九条講演のファイルです。二十か三十ぐらいの講演のアウトラインが入っている。九四年とか八五年とか、日市連とか新聞労連とか弁護士団体とか高等学校とか、あと五分しかない、早くまとめなさい、とか。でももう使えない。古くなって。主に、日本国憲法第九条がまだ生きているから、まだ間に合うから、何とか頑張れば、ここで線を引けば第九条は死んだりしないであろう、まだ命が残っている、だいたいそういう中身です。オーバビー先生の九条の会を支援しましょうとか、第九条を海外に紹介する意味がまだあるとか、そういう中身をこの十五年間言い続けたけれども、ほとんどもう使えない時期に来ていると思う。つまり、新ガイドラインとそれを-裏付けるようになる法律が国会で通れば、第九条うんぬんという話はやめた方がいいのではないかと思う。憲法九条を海外に紹介しましょうとかは偽善になる。高校の先生は「立派な平和憲法があるのだ、誇りを持ちなさい」という教育をもうやめるべきだと思います。つまり、新ガイドラインが公的なものになってしまえば、自衛隊が海外で戦争をすることを公的に許されるのです。交戦権というものの復活です。交戦権はこれを認めないと日本国憲法第九条にあるが、交戦権が復活するならそれも意味がないと思う。実は、オハイオ大学の名誉教授のオーバビー先生と日本で二十三日に対談するのですが、彼にいつやめるか、どこで線を引くか、と聞こうと思っています。日本の中にどんなことがあっても、第九条を守りましょうといういい方は、限界があると思う。
後の二人が楽観的な話をするでしょうから、私は悲観的な話をします。第九条を失えば何を失うか、という悲観的な話をする。
「私の戦争体験を語る」とあるが、私は直接戦争を体験したことがありません。三年間海兵隊に入っていたのは事実だが、アメリカ合州国がどことも戦争をしていないまれな三年間で、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも行っていない。だからそういう戦争体験はありません。人が戦争で死んだのを眼で見た体験はありません。そういう話の代わりに、戦争を次々にした国の国民である、アメリカ合州国の国民である、ということの体験を話したいと思います。つまり、第九条を止めて普通の国になればいいと小沢一郎さんらが言っているが、もちろん普通の国というのはうそで、世界規模から考えれば普通の国は貧乏です。そういう意味ではなく、普通の大国になればいい、と言っているのだと思います。普通の大国、すなわち経済大国だけではなく軍事力を自由に使える国、たとえばアメリカのような国、になったらどうなるか。その国の国民になるとどういう体験をするかを述べます。
私は戦争体験をしていないと言いましたけれども、第二次世界大戦の時代に子供だったけれども生きていました。アメリカのサンフランシスコにいた。ある程度同じ世代の日本の人達と共通体験があると言えるかも知れない。厳しさは違うかもしれないが。配給があったとか、配給の札みたいなものをもらってそれを整理しているおばあちゃんの姿を覚えているし、空襲が来るかもしれないと聞いてその恐怖を感じた、あるいは、十八歳、十九歳の近所の人とか知り合いが戦争に行って帰ってこないとか、あるいは親戚が軍隊に入って帰ってきたとか、そういう体験はある。戦争が終わったら、終わった瞬間からアメリカ人としての体験をした。私はその後半分以上日本に住んでいるのだけれども、アメリカのパスポートを持っているのだから、私の体験は同じ世代の日本人とは異なるでしょう。
まず戦争が終わった日の体験は全く違う。勝利の日です。はっきり覚えている。アメリカ人はお祭りをあまりしないのだけれども、この日サンフランシスコのダウンタウンにほとんど八割の人々が集まって踊っていた。爆竹を投げたりして知らない人同士で抱き合ったり泣いたりして、非常に楽しい楽しいお祭りみたいなものでした。たくさんの物が壊されたのだけれど、警察は一人も逮捕しないでいっしょになって踊っている、そういう日でした。戦争は何がいけないかというと、負けるのがいけないので、勝ったらいいではないか、という考え方があると思う。やっぱりつらいのは負けることで、勝ったら楽しい、それに越したことはない、という考えなのだけれど如何でしょうか。
アメリカ合州国は第二次世界大戦で勝った方なのだけれども、その後はどうだろう。次から次に戦争に参加した訳です。私は中学生か高校生で若すぎて朝鮮戦争に出かけていないのですが、でも何人かちょっと先輩の人がいた。戦後私達家族は山に住んでいて、スキーの仲間の一人は朝鮮戦争に行って足を無くして帰ってきたとか、何人かそういう知り合いがいました。それよりも、たとえば一九五四年に大学に入る。で、同級生の中に、朝鮮戦争に行ってそのために大学に行かれなかったちょっと年寄りの人達がいる。そうすると大学生時代の同級生の中に、朝鮮半島で朝鮮人あるいは中国人を沢山殺した学生がいる。海外に行って人を殺してきた男達がまわりに一杯いる訳です。大学のクラブ仲間の一人は朝鮮戦争に行ったと自慢して、彼の机に飾りがあった。戦場で拾った人間の頭蓋骨で、それを置いてろうそく立てに使っていたのです。何かすごい哲学的な象徴だと思った。朝鮮人か中国人の頭蓋骨で、きれいな形で拾ったか削ってきれいにしたかどちらかは知りませんが、それは彼の自慢の戦場のお土産でした。その人は今現在アメリカの大学教授です。
つまり、戦争に勝ったら次の戦争に繋がる。ある意味でアメリカの戦略はうまくいっている。南北戦争以外すべての戦争は海外で済ましている。アメリカの国内に戦争が入ってこないように上手に相手の国でやっている。暴力はすべてあっちなのです。だから、アメリカの兵隊が帰ってきて、自分の家がやられていたり妹とお母さんが殺されている、そういう経験はしていない。うまくやっている。その戦争の暴力を中に入れないように国境の外に出す、外で済ませる、ということが軍の目的なのです。それに成功しているだろうか?
自分の体験に戻ると、大学時代の同級生やクラブの仲間やルームメイトの中に、アジアでたくさんの人を殺した人がいた。そうすると人を殺すということは、その社会の中で当たり前になる。国内の社会そのものが影響を受ける訳です。日本社会は戦後五十数年間誰一人も交戦権の下で海外で人を殺していない、という事実があるのだけれども、それはただ倫理的道徳的事実だけではなくて、それによって日本社会そのものが特殊になっていると思う。人を殺すということが非常に珍しいことになっている。殺人犯があることはあるが数は少ないし、それよりも特に子供の教育から考えればその違いが見えると思う。子供は大人になるにはどうすればいいかを周りを見て考える。
大人とは何か。男の子は、近所の男達、お父さん、お兄さん、いとこ達を見て、「ああそうか、大人とはそういうものなのか」と考え、「自分もそうなるのだ」と覚悟、期待する。アメリカ合州国や戦争ばかりしている他の国では、男の子が大人になるということは人を殺せる人間になるものだ、ということが社会の常識になっている。そう思っていない個人はいると思うが、基本的に人を殺せることが男の大人である、一人前の大人というものだ、と考える。だから、アメリカでは、男の子達が戦争ごっこをやっているのがかなり目立っている。日本でも時々あるが、アメリカではものすごく多い。子供の遊びは大人になる訓練でもある。だから、アメリカの子供達がそういう戦争ごっこをやると言うことは、子供達の立場からすれば間違っていない。
アメリカ合州国では、海外で人を殺せる人間にならないと男になれない。極論として、そのために戦場を探している、という説もあるくらいです。アメリカでは各世代毎に戦争をしている。三十年ごととか二十年ごととか、どこかで戦争をしている。各世代に自分が本当の男であるというチャンスを与える、という動機がアメリカの不思議な軍国主義に書いてあるのではないか、という説も存在しているぐらいである。そこまで考えないにしても、暴力を国の外に追い出すという目的で国内で戦争をしていなくても、とにかく次々に戦争をやると、そういう人を殺せる人間が何百万人もアメリカ社会に住むことになる。そうすると、日本国憲法の下にできた社会と全く違った社会になっている。
特に、ベトナム戦争以来、アメリカ社会の中がとても暴力的になったと話題になっている。大学生がアメリカに留学したくなくなるぐらい怖いとか、日本でも言われている。強姦が多いし、強盗も多いし、全く知らない人が殺されることも多いし、ギャングの戦争もあるし非常に暴力的である。
なんでアメリカがこれほど暴力的になったかという論争がアメリカの中にある。皆鉄砲を持っているからいけない、という説がある。確かに、鉄砲が社会に沢山あると暴力的気持ちが沸いてきたときにそれを使うということがあるでしょう。でも、前から鉄砲を持っていたのです。ベトナム戦争以来暴力的になった説明にはならない。とにかく、皆が鉄砲を持っているからという説と、貧富の差が広がっているから、人種問題が公民権運動で解決しきれなくてその怒りから、教会に皆が通っていないから、家族がくずれているからとか、警察権が厳しくなればもっと政府が弾圧的になればとか言われるぐらい、すごい犯罪だらけの社会になっている。
今、アメリカ合州国で牢屋の中にいる人数は百万人を超えている。政府では管理しきれないから、牢屋の民営化が始まっている。刑務所商売が始まっている。政府と契約して企業が牢屋を作って管理している場所もある。当然そういう人達は、犯罪がなくなると困るから、本来は牢屋の中で二度と犯罪を犯さないような教育をするべきなのだけれども、その会社の利益に反するので多分あまりやっていないでしょう。また犯罪をやってね、と教えているのではないかと思う。
なぜアメリカがこれほど暴力的になったかの学説の中であまり議論されていないもう一つの学説が、「戦争の暴力が国内に帰ってくる」という学説です。時々誰かがちらっと言うのだけれど、だいたいアメリカ国内の暴力が大問題であるといいたい勢力は右翼なのだから、自分が賛美している軍部が原因であるとはいいたくない訳です。だから軍部の暴力を見ないで社会の暴力だけを問題にしている。日本の自衛隊が真剣に人を殺せる自衛官を育てようとしているかどうか、あるいはそういう教育を受けてもリアリティがあるかどうか分からない。米軍の場合は、実際に月々戦争をするし、これからもするのだから、人を殺せる兵隊を育てないと困る訳です。普通の人はよっぽどのことがない限り人を殺せない。普通の隣近所にいる高校を卒業したばかりの人がいくら社会に対して反抗的な姿をしていても、「この人を殺しなさい」といってもすぐには殺せない。軍の基礎教育は、厳しい洗脳みたいであることは知られている。ひとつは、逃げない、もうひとつは考えない、戦場で命令を受けた時にこの命令の意味は何なのか、実現可能なのか、別のやり方の方がいいのではないか、ということを一切考えないで、命令を受けたらそのとおりにする。三つめは人を殺せる人間にならないといけない、です。
海兵隊の訓練の時にピストルを撃つが、的は人間の形になっていて頭とか心臓を狙う。また、銃剣の訓練を重視する。海兵隊では動物的な声を出さないといけない。ジェスチャーをやるたびに、「ハアッー、ハアッー、ハアッー」と声をあげる訓練をする。司令官が質問する。「拳銃は何のためか?」、「殺すことだ」これを繰り返し繰り返し繰り返し言う訳です。"What's the burn out for?" " To kill!" そういう訓練です。
つまりアメリカ社会の中で人を殺せる人間を大量生産している大きな政府の権威を持っている組織がある。人を殺せない人間から人を殺せる人間に教育しなおす機関がある。実際に海外で人を殺す経験をして帰ってくる人が社会の中に何百万人もいる。こういう統計がある。戦争が始まったら国内の殺人犯の率が上がる。そしてベテラン(海外で戦争の経験をしてきた人)の犯罪率が高い。その戦争に意味があったかどうかを兵隊に説得できた場合にはその犯罪の率が少なくなるかもしれない。実際に自分の国に敵の軍隊が国境を越えて入ってきてその戦争(本当の意味の防衛戦争)をやったら、それは犯罪に繋がらないかも知れないけれども。
朝鮮戦争の時に、何で朝鮮半島で戦うことがアメリカの防衛になるのかをアメリカ政府がいくら説明しても、普通の人には「えー?」という疑問が残った。ベトナム戦争は更にそうであった。だからニヒルにシニカルになる。「もう何でもいいや」ということをやってきたのだから。ベトナム戦争に参加したベテランの帰ってきた後の犯罪率はものすごく高い。ホームレスも沢山いるし、ノイローゼになっている人もいるし、ニヒルになっている人もいる。
たとえば、ロサンジェルスが一番暴力的なところかも知れない。私の知り合いでギャングを研究している人がいるが、ギャングの中に軍隊経験の人がいるかどうか聞くと、いないという。ただギャングを作った人、今牢屋の中から管理している人達、創立者、計画した人は、全部ベトナムのベテランである。ベトナムで学んだこと、人を殺しながら麻薬商売をすること、が上手になってかつ他の仕事を持っていないので、ベトナムのジャングルで学んだことを帰ってきてロサンジェルスのジャングルでやり続けている。そういうことなのです。つまり、戦争する国になったら、自衛隊が戦争に参加すれば海外の人達と殺したり殺されたりが起こるが、そればかりではなく、日本国内の社会も変わる。小さな子供たちの物の考え方から変わる。男の子達が、兄さんが戦争に行ってきたということが分かったら、戦争ごっこをやります。男はどういうものなのか、その概念が社会の中で変わるのです。
時間オーバーなのでここまでにします。
(ダグラス ラミス・津田塾大学教授)