(ニュース52号 99/02/01)


新ガイドラインと自治体の全国的動き

地方自治体は、地方政府としての自治権を行使して

対米軍事協力を拒否すべきだ

白川真澄

 

《対米軍事協力を義務づける周辺事態法案》

 日米新ガイドラインを具体的に実行する周辺事態法案の国会審議が、九九年度予算案の成立を待って開始されようとしている。自自連立政権づくりは、そのためのシフトを敷くものである。

 この周辺事態法案には、大きな三つの問題がある。一つは、どうにでも解釈可能な「周辺事態」という概念の導入によって、米国が世界のどこで始めた戦争にも日本が自動的に参戦することに道を開く。二つは、「周辺事態」を認定する行為や手続きをまったく定めず、国会に修正・拒否権限を与えないことによって、政府の判断と自衛隊の行動にフリーハンドを与える。三つは、米軍による空港・港湾・公立病院などの使用について地方自治体に協力を義務づけようとする。

 新ガイドライン(九七年九月)は「地方自治体が有する権限と能力を適切に活用する」ことを定めたが、これを受けて周辺事態法案では、関係省庁が「地方自治体の長に対して、その有する権限の行使について必要な協力を求めることができる」(第九条)と規定している。そして、協力要請を受けることは「義務」である、すなわち拒否すれば違法になるとされている。地方自治体による対米軍事協力の義務づけとは、港や空港や病院や救急車など市民の日常生活のための道具や仕組みを戦争に動員しようとすることにほかならない。「総動員体制」づくり、「社会の軍事化」に本格的に踏みだす危険な試みだと言っても、けっして大袈裟ではあるまい。

《既成事実化を狙う米艦船の相次ぐ入港》

 だが、新ガイドラインと周辺事態法案が地方自治体に対米軍事協力を義務づけようとしていることは、逆に地域や地方自治体を新しい政治的攻防のステージに押し上げている。地方自治体は、地方分権の流れに逆らって国家の下請け機関に舞い戻り戦争協力をするのか、それとも住民の人権や生存権を守る地方政府として戦争協力を拒否し自治権を行使するのか。この攻防が、すでに全国のさまざまな地域で間断なく展開されている。

 まず、米軍は、新ガイドラインが成立した頃から、自治体の管理する港湾や空港の軍事使用に向けての既成事実化を積極的に進めてきた。九七年には、長崎空港を筆頭にして八五の民間空港のうち二九空港に米軍機を九一九回も着陸させ、慣熟訓練を行っている。また、小樽に空母「インディペンデンス」を初入港させたのをはじめ、空母・駆逐艦・強襲揚陸艦など二〇雙を十一の民間港に入港させた。

 昨年の米艦船の民間港への入港で目立ったことがいくつかある。十一月に、駆逐艦「カッシング」が清水港に初めて入港した。米軍が利用できる港を新しく増やそうとする狙いからである。また、米軍の輸送艦「ケープ・インスクリプション」は、岩国港に入港した際に、四月には山口県の求めに応じて積み荷明細書を提出したが、七月には日米地位協定を盾にとって明細書を提出しないまま入港し、九月と十一月にも同じ行動を繰り返した。五月には、カナダ海軍の補給艦「プロテクター」が非核証明書を提出しないまま入港した(ただし、着岸したのは神戸市の管理権の及ばない自衛隊基地であったが)。これらの行動には、「神戸方式」を骨抜きにしようとする狙いが秘められている。

 神戸市は、市議会の決議にもとづいて入港艦船に非核証明書の提出を求めることによって七五年以降は米艦船を一雙も入港させてこなかった。港湾管理権は自治体にあり、神戸市がそれを行使しているというのが、神戸方式の核心である(この点については、非核市民宣言運動・ヨコスカ『神戸方式の今日的意味と平和船団の不思議』が詳しく分析している)。外務省は神戸方式を法律上の根拠がないものとして敵視してきたが、新ガイドラインの成立以来多くの自治体がこれに注目し、神戸市に問い合わせをしてきた。自民党議員の横槍が入っていったん挫折したが、高知の橋本知事は昨春、神戸方式を港湾施設管理条例に盛り込もうと試みた。

 このように、神戸方式が軍事協力を拒否する手段として全国の自治体によって活用される気運が、生まれはじめている。岩国や神戸への入港の例は、米軍の側が神戸方式を無効にしようと先手を打ってきたものである。

《地方自治体の抵抗と市民の運動》

 対米軍事協力の義務化に抵抗する動きも、地方自治体の側から少しずつではあるが出はじめている。

 新ガイドライン成立の直後に、親泊那覇市長は、那覇港への米艦船の寄港や軍事物資の積み降ろしを許可しない方針をいち早く表明した。また、長崎空港を抱える大村市は、長崎空港の軍事使用に反対する意見書を議会で採択した。空母「インディペンデンス」の入港を認めた新谷小樽市長も、「前例とせず、軍港化しない」申し入れを政府に対して行った(昨年四月)。横浜市は、昨年七月に米強襲揚陸艦ベローウッドが横浜港の専用埠頭(ノースドッグ)ではなく民間用の本牧埠頭に入港したいという要請を拒否した。高知の橋本知事は、県内の過半数を越える市町村議会の神戸方式の条例化を求める意見書採択をバックにして、条例化を実現することをあらためて表明している。そして、いくつかの地方議会は、新ガイドラインや自治体の軍事協力に反対する意見書を採択している。

 地方自治体のこうした抵抗・拒否の動きの背景には、軍事利用される可能性の高い空港や港湾を抱える地方自治体の首長の不安や不満が高まっていることがある。渉外知事連絡会や全国基地協議会などは、再三政府に質問状を出し、周辺事態法案についての詳しい情報提供や地元の意向尊重を申し入れてきた。だが、政府側からは具体的な説明が行われておらず、安保支持派の首長たちも苛立ちを募らせてきた。

 地方自治体の不満の高まりや抵抗に押されたのであろう、政府は地方自治体が「協力要請に応えなかったことに対して制裁的な措置をとることはありません」と回答せざるをえなかった(昨年六月)。また、対米軍事協力をさせる施設を港湾と空港に絞り、公立病院を外すことを決めたようである。

 このように、国家と地方自治体との力関係は、けっして固定不変ではなく、少しずつであれ流動化しはじめている。そして、自治体の抵抗の動きを顕在化させ、横に広げるオルガナイザーの役割を果たしているのが、地域での市民運動である。

 全国の多くの地域では、首長や地方議会に港や空港や公立病院の軍事使用を拒否する意志表明を行わせる運動が精力的に取り組まれている。例えば、昨年九月に行われた広島県内の八七市町村を回るキャラバン行動は、法案を読んだこともない多くの自治体に資料を持参して説明し、約三〇の自治体から勉強や対応の検討を行うという表明を引きだした。神奈川や三多摩や長崎の自治体アンケート運動も、自治体の危惧や自治体の意向尊重といった意思表示を具体的に引きだしている。長崎での地元紙への意見広告、函館での「非核・平和市民条例」制定要求など、ユニークな運動が出現しつつある。

《地方自治体は、なぜ軍事協力を拒否できるのか》

 地方自治体に軍事協力を拒否する態度表明を行わせる市民の運動をさらに大きく発展させる上で、抵抗と拒否の論理を明確にしていく必要がある。

 地方自治体は国の下請け機関ではなく、中央政府と対等な関係にある地方政府≠ナある。九五年秋から燃えあがった沖縄の米軍基地撤去のたたかいは、米軍用地強制使用の事務手続きをめぐる国と大田知事の対決という局面を生みだした。それは、地方自治体がその権限をフルに用いれば、中央政府と対等に渡りあい自己決定権を行使する地方政府として行動できるという大きな可能性を示した。

 そして、地方政府の役割は、住民の人権・生存権・環境権を保障することにある。「国の安全保障」よりも「住民の安全保障」を優先するのである。国家が地方自治体に軍事協力を義務づける際の大義名分は、「国益」という名の公共性である。だが、日米安保や軍事力による「国の安全保障」という国家的公共性だけが、公共性ではない。人権・生存権や「住民の安全」というもうひとつの公共性≠アそが大事であり、地方政府はこの市民的公共性の担い手なのである。

 地方自治体が地方政府としての役割を果たす上で、いくつかの法的な手段を活用することができる。港湾の管理権や土地の強制収用権限を地方自治体の手に委ねている港湾法や土地収用法は、その一例である。これらの法は、国が勝手に戦争を始められない歯止め装置として、港の管理権や土地収用権限を国家の手から自治体の手に移したものである。戦後の非武装化・非軍事化の流れを具体化したこれらの法を活用し、港や土地が軍事利用されないように独自の条例制定を地方自治体で進めていくことが必要になる。

 九〇年代に進められてきた地方分権化の動きは、地方自治体が地方政府として自立するチャンスとなった。だが、それは福祉や都市計画などの分野に限られ、逆に基地問題など日米安保や外交に関わる事柄については国家に権限を集中する流れが強まった。米軍用地の強制使用に関する首長の手続き権限を国の手に奪いとり、県の土地収用委員会の権限を骨抜きにする動き(地方分権推進委員会の第三次勧告、沖縄特措法)がそうである。そこには、安保や外交は国家の専権事項であり、地方自治体に一切口出しさせないという国との役割分業=棲み分け′^分権論が横たわっている。

 しかし、周辺事態法案による軍事協力の義務づけは、住民の人権・生存権や地方自治体の自治権をあからさまに踏みにじる事態を出現させ、地方分権の流れを一挙に逆転させる。棲み分け′^分権論ではまったく太刀打ちできないことは、明白だ。「住民の安全保障」という立場に立って、地方自治体が安全保障や外交の分野についても発言権を持ち「外交権」をも行使するラディカルな地方分権が求められる。周辺事態法案に対するたたかいは、地方分権を実現し、地方自治体が地方政府として自立することの成否を左右するであろう。                 (しらかわますみ・フォーラム90s)