(ニュース54号 99/06/01)
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ロンドン大学東洋アフリカ研究所のシェカール・クリシュナン氏は、米軍によるベオグラードの中国大使館攻撃について、きわめて説得的な説明をされた。だが、私としては、共和党の右派勢力と結びついたCIAおよび国防省情報部の「ごろつき」職員どもは、ヨーロッパで国連の調停による平和がもたらされるのを妨害したかったということに付け加えて、さらに米中関係を破壊し、東アジアに新しく「冷戦」を開始させようと望んでもいるのだ、と信じている。彼らが意図していることは、アメリカの産軍学複合体にふたたび活気を取り戻させ、日本と台湾とに、役に立たぬことは百も承知の上で武器(例えば、「スターウォーズ」作戦の新版である戦域ミサイル防衛システム)を売り込み、そしてジョージ・ブッシュ・ジュニアを大統領として選出することなのである(バージニア州ラングレーにあるCIA建造物が、ブッシュ知事の父親であるジョージ・ブッシュ前大統領の名誉をたたえてその名が付けられたことを見よ)。彼らは、米軍B―2型爆撃機に対し、ユーゴの首都の中国大使館に三発のレーザー誘導ミサイルを送りこむよう指令を発したとき、これで自分たちにとっての好機が到来すると見たのである。CIAが「古い地図」を使ったからだという、国防長官、ウィリアム・コーエンの説明は、もうこれ以上のものはないと言えるほど、稚拙な嘘もいいところだ。どんな間抜けな情報員だろうと、ベオグラードの中国大使館の位置ぐらいは知っている。なにしろ、それは二年前からそこにあるのだ。アメリカ軍部諜報員たちの活動を隠蔽するための工作が、おそらく今進められている最中だろう。
こうした陰謀の手口は、無関係な機密写真や、虚偽の情報を流してみたり、アメリカ国内における中国のスパイ活動についての憶測を撒き散らすことである。こういった情報の主要「漏洩」源の一つは、国防省情報部長、パトリック・ヒューズ中将で、彼は、下院国際関係委員会議長のベンジャミン・ギルマン議員(ニューヨーク州選出・共和党)に、アメリカの東アジアでの戦争挑発を助けるような情報を、定期的に提供している。「北朝鮮はシアトルを核攻撃する能力をもっている」とマスコミに語ったのは、まさにこのギルマンなのだ。アメリカ政府から流されるこうした無数のデマ情報のうち、一つだけ例を挙げれば、今年の二月一一日、『ロサンゼルス・タイムズ』は、ペンタゴンの匿名のある筋からの情報として、「中国政府は、台湾海峡に沿って一二〇基以上、おそらく二〇〇基もの弾道ミサイルをすでに配置した。……軍事アナリストたちによれば、この配置は、これまで中国南部海岸に集中していたミサイルの数の少なくとも倍の数に及ぶもので、これによって、TMD計画(戦域ミサイル防衛計画)……の中に台湾を含めるべきだとする米国内の主張が一段と強められることになるのは確実である」と報じた。だが、翌日になると、同じ新聞の上で、今度はマイケル・ダブルデイ海軍大尉と名を明らかにした国防省のスポークスマンが、この報道をきっぱりと否定し、「中国は、ここ五〜六年の間、この島(台湾)を標的とするミサイルの数を増加してはおらず、一九三〇年代初頭の軍備増強以来、いかなる軍備強化も行なっていない」と言明したのだった。
現在、下級情報部員と共和党議員から出されてくるこの種挑発行為のうち、きわめて重大な事例は、ロス・アラモス国立研究所のコンピューター科学者、リー・ウェン・ホアにかんするものだ(訳注1)。『ニューヨーク・タイムズ』(実際に書いたのは、ジェフ・ガース記者で、彼はクリントン・ホワイトゲート問題についてのキャップ記者だった)は、連日、リーのことをスパイだと書きたてて非難している。FBIや司法省、およびエネルギー省は、リーの行動としては、一九八八年に北京で開かれたある科学者会議(訳注2)で、ロス・アラモス国立研究所の明白な承認を得た上でやった講演以外には、とりたてて言うことは何も見出せない、としているにもかかわらず、である。リーが国家に対する反逆の罪をおかしていると言わんばかりのこの報道ぶりは、ちょうど今から一〇〇年前、フランスで起こったあのアルフレッド・ドレフュス大尉の事件に、気味の悪いほど酷似している。これは、第二次大戦前、反ユダヤの偏見に基づいてヨーロッパで起こされた最も重大な事件だった。すなわち、フランス軍部が、フランス軍参謀部に勤務中のドレフュスをドイツのスパイだと告発したのである。ドレフュス大尉は、悪魔島(訳注3)の独房に監禁され、後、フランス軍諜報部長が、本物のスパイだったフェルディナンド・エステラジーを守るために、ユダヤ人だった彼を犯人に仕立てた冤罪事件だったことを暴露した後になって、ようやく釈放されたのだった。エミール・ゾラは『私は告発する』を表わし、一人の忠実な軍人を、その血統によって安易に有罪にしたとして、フランス政府と政界、宗教界指導部を糾弾した。ゾラの告発によって、この事件は大衆的な大問題にまで発展し、その中で、ドレフュスの無実はついに明らかにされ、一九〇五年、フランスはようやく政教分離をするにいたる。現在のリーに対する事件は、まさに一八九八年のドレフュスに向けられたものとまったく同様な性質のものだ。今日のアメリカの中で、フランス参謀部の中の一人のユダヤ人士官に匹敵するものが、兵器研究所で働いていた中国系の一人の科学者というわけなのだ。
私がこうした問題を提起するのは、中国側の見方からすれば、中国が二〇世紀の国際関係から最大の教訓を学んだ経験とは、統制のきかなくなった軍部があることを実行しているときに、その国の表向きの政府の方は、別のことをやっているのだと強弁するという経験だった、という事実があるからである。一九三一年の満州事変に始まり、一九三三年の内蒙古侵略、そして一九三七年の中国全土への侵略(日本人が「日支事変」と呼んだ宣戦布告なき戦争)にいたるまで、日本政府は、軍部が対中国戦争へ突き進む勝手な決定をするのを、つねに隠蔽したのだった。これと同じパターンが、朝鮮戦争のときに繰り返された。米軍のダグラス・マッカーサー将軍は、ワシントンが限定戦争についての長談義を繰り返している間に、国連から与えられた権限を超え、一九五〇年、麾下の軍隊を鴨緑江へと進め、さらに中国に対して核兵器を使うことも望んだのだ。マッカーサーは、先輩の軍国主義者、日本の関東軍よろしく、自国の政府を軽蔑しきっていたため、一九五一年、ついにトルーマン大統領はウェーキ島まで飛んで彼と会談し、マッカーサーを罷免せざるをえなくなった。これはアメリカの憲政史上の重大事件だった。今日、アメリカ国防省と中央情報局(CIA)が、現実にその采配を振るっているかどうかは別としても、そのことが、自国大使館への攻撃について一番納得できる解釈だと中国人が考えるのは当然である。一九三〇年代、四〇年代、そして五〇年代を通して、日本とアメリカの手によって中国に対して起こされたことが今繰り返されているのだ、という理解は、突拍子もない解釈ではない。そして、現在の中国指導者が、こうした前例を忘れてしまうなどということは、ありそうもないことである。
(訳 吉川勇一)
1 リー・ウェン・ホアは台湾生まれの中国人。アメリカで教育を受け、アメリカ国籍。
2 北京で開かれたのは、一九八八年六月の「国際コンピュータ物理学会議」。二〇〇人ほどが参加。「Newsweek」一九九九年三月一五日号によると、FBIは、リーが、そこでやった講義の後の質疑応答で、核弾頭についての秘密を漏らしたのではないか、と見ているという。
3 悪魔島 南米のフランス領ギアナ北岸沖合い、セイフティ諸島中の不毛の島:もとフランスの流刑地。ドレフュスは、ここで五年間服役した。