(ニュース63号 2000/12/01)
「軍事的介入」は有効ではなかった?
「コソボの教訓」
英国下院国防委員会の調査報告書から
一九九九年三月二十四日深夜、NATO軍によるコソボ空爆が開始され、空爆は七十八日間続いた。英国下院国防委員会(ブルース・ジョージ委員長)は、このコソボ空爆を再検討する調査報告書を十月二十四日に発表した。「コソボの教訓」と題されたこの報告書は、「この戦争の合法性、正当性については言及しない」としながらも、「委員会の最終結論は、コソボの最も明確な教訓は軍事力と技術的な優位が同盟が未来の危機に勝利することを十分に保証するものではないということである」とし、「軍事的介入」という手段が必ずしも有効なものでなかったことをNATO軍の一員であった英国自身が改めて認めるものとなっている。
また、これまでコソボ空爆は精密兵器を中心としたピンポイント攻撃が中心であったとされていたが、少なくとも英国空軍が主要に行ったのはクラスター爆弾を使用した無差別爆撃であったことも明らかにされている。
報告書そのものは国防委員会がコソボの教訓を今後の国防政策に反映させるため行った調査の報告である以上、軍事力を否定するものとはなっていない。しかし、NATOの軍事行動が米国の支援なしでは遂行できなかった事実に触れながら、米国の軍事戦略を否定的に評価しており、今後起こりうるであろうさまざまな紛争において、軍事力の行使がひじょうに限定的な役割りしかもちえないことを示唆している点が注目される。
この報告書は軍事作戦の背景から作戦の各段階にわたって政治目的と軍事的有効性の観点から詳細に検証しており、大変興味深い。全文はインターネット(http://www.parliament.the-stationery-office.co.uk/pa/cm199900/cmselect/cmdfence/347/34702.htm)で見ることができるが、残念ながらひじょうに長文である。以下、国防委員会のプレスリリースを中心にその要旨をまとめてみたい。
「コソボの教訓」
英国下院国防委員会
一 前文(略)
ニ 軍事的進攻の背景(略)
三 作戦の遂行
- 空爆作戦の目的は「人道的カタストロフィーの防止」であったが、しかし作戦の効果は、よくてもこの目的の達成のための遠回りなアプローチであり、実際には短期的にみて目的の達成に失敗した。[91]
- コソボに配備された部隊への攻撃で、セルビア軍を一時的に抑え込むことに成功したにもかかわらず、疑いなく人道的惨禍を防ぐという主要目的は失敗した。このような人道主義的目標の追求においては空軍力の限界が明確となった。[117]
- 政治的な確信がなかったために目的について明確さと一貫性を欠き、それが時として攻撃目標の選定に現れた。選定された戦略目標のなかには政治的に軽率なものもあった。決定的に不足しているのは政治軍事情報活動の戦略と理論、その能力である。この不足のために事態が危機的になる以前に効果的な介入をおこなうことができず作戦計画にも支障をきたした。[注1]
- 選択された戦略上の目標のいくつかは正当化が困難である。Novi
SadにおいてDanube橋を爆撃した明確な説明は与えられていない。四月二十三日のベオグラードのテレビ局に対する攻撃は、あまり重要でないセルビア軍の指揮管制能力に対する軍事的効果があったにすぎない。これらの攻撃が、ベオグラードの反体制派を扇動したという点と、ナショナリストの感情を硬化させたという点で、どのようなバランスで最終的に同盟の利益となったかを解き明かすことは不可能に思われる。高圧的な戦略において空軍を使用する決定を行う場合、慎重さと断固たる信念の両者が必要となる。情報不足と、戦略が強制を目的とするのか拒絶を目的とするのかが不確定なまま、同盟のアプローチには両者が含まれていた。その両者の間にどのような正しいバランスがあったのかについては意見が一致していない。[124]
- 石油輸出禁止に関する合意がどのように成立しなかったかという教訓は、将来の状況では実行されるよう学ばれるべきである。[125]
- 空爆によって明らかとなった英国の最大の欠陥は、静的/動的な目標に対する全天候型の精密誘導兵器の欠如であった。作戦の終了までに英国空軍によって使用された兵器の内、精密兵器はわずか二四%だった。[140]
- 英国空軍によって投下された爆弾の五〇%以上がクラスター爆弾であった。
クラスター爆弾が地上にいる機甲部隊に対する攻撃の「最も効果的な兵器」であるという主張は、委員会が信じるところでは、この作戦の状況には当てはまらない。
少なくとも、クラスター爆弾が無差別兵器であるという評価により、国際的非難とこの作戦に対する大衆の支持を弱めるリスクを負うことになる。英国には、不適切な状況でのこれらの兵器への依存を必要としない、特別な対機甲部隊システムが必要である。[147、150]
- この種の紛争での攻撃作戦が精密兵器による一点集中攻撃で正確にかつ確実に実行でき、戦闘の死傷者もぜったい出さないと考えるのは錯覚だ。それは払拭する必要がある。このことを周知させなかったために国防省は誤った期待を持たせてしまい、失敗したときに不相応な非難を被ることになった。[注2]
- 委員会は、セルビア政府に国連決議を遵守するよう強制するためにNATOが選択した軍事戦略が、確実な基礎の上に的確に選択されたかどうかを質問した。委員会はそれが多くの選択の中で欠陥のあったものであると結論づける。[293]
- 空爆作戦の当初に同盟が規定した目的と、採用された戦略は不適切な組み合わせであった。公然の目的は人道的であるのに戦略は高圧的であった。結果、究極的にはあまり重要でないセルビア地上軍に対する作戦に資源が集中された。戦略的には、ミロシェビッチがコソボから軍隊を撤退させる結果となったが、人道的惨禍を防ぐ目的は達成されなかった。一九九九年三月二十四日までにすでに進行中であった地上での人道的惨禍を空から防げるという考え方、その提案を行うことは、同盟の政治家に対して賢明ではなかった。それどころか、すべての証拠は空爆を開始する計画が惨禍の始まりを早めたことを示唆している。[299]
- 同盟軍の作戦は欧州のNATO諸国が大規模な米国のサポートなしで行動をする能力をもたないことを明らかにした。…コソボ問題は、NATOの防衛能力イニシアチブが政治的意志と財政により支援されていることがいかに重要であるかを再認識させた。その成功は欧州の高度な政治的な協調を必要とする。[313]
結 論
- コソボの経験はわれわれに、米国が支持する圧倒的な断固とした軍事力の行使という軍事ドクトリンの妥当性を疑問視させる。それはいっそう微妙なアプローチを要求する状況では適用不可能である。コソボでの無差別で不均衡な軍事力の行使は、不必要に民間の死傷者と副次的被害の可能性を増大することで同盟への非難を招いたであろう。けれども同時に、英国が平和支持作戦で試みているように、最小限の軍事力の行使という軍事ドクトリンが、コソボのように強制的なシナリオの場合最適であるともいえない。
既存の軍事ドクトリンは、これらの相矛盾するアプローチを和解させるために再検討される必要がある。将来、類似の状況においては両者のもっとよいバランスが得られなければならない[326]。
- NATOドクトリンは、国際法の遵守を明確に示すよう修正される必要がある。このため戦略目標の疑わしい決定や誤った決定は適切な審査にかけられる必要がある。[327]
- 強制の主要な手段として物理的破壊を重視したドクトリンから、望まれた結果により幅広い手段を結合した、より統合された視野に立つドクトリンへの移行が必要である。[328]
- コソボ危機の後半で効果を示した軍事作戦と人道的支援の複合という形が、軍事作戦の成功に重要であることに十分配慮する必要がある。われわれは、未来の敵に関する戦略の一部として、人道的な危機の取り扱いについて準備しておくべきであり、人道的な危機への影響を防いだり、改善することが軍事ドクトリンと戦略計画の中心部分となるべきである。軍と人道的オペレーションを行っている他の機関との調整と統合には改良の余地が十分残されている。この点は、危機が英国の上に再び訪れるまでそのままにしておくことはできない[329]。
NATO
- コソボは、NATOが外交を支える優れた手段であり、容易に使用できるという幻想を打ち消した。軍事的紛争は、混乱し、危険で、完全には予測できないものであることを再認識させた。[340]
- 紛争は、非道な敵に対する作戦を実施する上において、NATOのような組織が固有の弱点をもつことを再認識させた。あるものは多国籍であることから、またあるものは合法的な民主主義的責任への期待に起因する。これらの弱点とは、もちろん同盟の強さの問題である。統一のとれない反応が特に攻撃を受けやすく、この点を理解し、準備する必要がある。[341]
- コソボ問題は、同盟がこのような目的において使用される場合、その成功が保証されているという幻想をも打ち消した。ミロシェビッチが敗北を認めたことは幸運であった。政治的、実務的な点において地上軍の配備は重大な問題であった。一九九九年六月の段階でNATOは不快な選択の直前にあった。その結果、同盟の準備不足という欠点が完全にあばかれずに済んだ。[342]
- NATOは全面的な攻撃に対してその加盟国を守る防衛組織として元来設置された。個々の国家的理由から、強制された目的により参加した多国籍組織という性格が最大の弱点になることが明らかになった。危機管理を行う組織としてNATOが行動した場合、その面倒で優柔不断なアプローチは断固とした行動を妨げる。この障害を克服しなければ、今後の危機において勝利は保証されない。それが不可能であるならば、NATOがこれらの目的に使用されるべきかどうか、あるいは危機の政治的な分析を共有し、それに取り組む決意を共有した同盟の中の意志ある連合に頼る方がいいのではないかという疑問がある。もしNATOがさらに拡大するなら、将来決意の共有を成し遂げることはさらに困難になるであろう。[343]
- 委員会の最終結論は、コソボの最も明確な教訓は軍事力と技術的な優位が同盟が未来の危機に勝利することを十分に保証するものではないということである。[344]
[注1、2]この二項については、この報告書を紹介した「赤旗」二〇〇〇年十月二十八日号によった。
(抄訳 千村和司)